2020年02月15日

容住寺

聖徳太子が中山寺へ向かう途中にこの地で休憩した際、霊感を受け創建を命じたと伝わる。伊丹市では最古の仏像である本尊の十一面観音坐像ほか、太子16歳の童子像を安置。


住所:兵庫県伊丹市荒牧1丁目17−30

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ラベル: 兵庫県 伊丹市
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八王子神社

創建不詳。境内の板碑は正応3(1290)年造立で、年号の入った石造物としては宝塚市内としては最古。


所在地:兵庫県宝塚市中筋6-8-2

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天日神社

○由緒
創立年不詳。明治6年(1873)、村社に列せられる。

○主祭神:天忍穂耳命
○配祀神:火魄命

○例祭日
10月30日

所在地:兵庫県伊丹市荒牧3-16-54

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中筋八幡神社

八幡神社は、兵庫県宝塚市にある神社である。地名から、中筋八幡神社とも称される。旧川辺郡中筋村の産土神で、町村制施行により成立した長尾村の村社となった。本殿は国の重要文化財、例祭はだんじり祭りが行われる。

○祭神
社伝に宇佐神宮の御分霊を祀って建立されたとあり、祭神は誉田別尊(ほむたわけのみこと、応神天皇)。

○歴史
創建年月は不詳。『摂津史』及び棟札から、1345年に修理が行われており、それ以前の創建と考えられる。明治に入り、村社に加列された。
阪神淡路大震災で殆どの建造物が倒壊する被害にあうが、本殿等は修理復元、拝殿・鳥居等は新たに建立された。

○社殿・境内
・本殿:一軒社隅木入春日造、正面軒唐破風付、檜皮葺。室町時代後期の建立と伝えられる。 棟札は2枚で、修理の貴重な記録である。
1.康永4年(1345年)平義重重補
2.寛文5年(1665年)再興
・境内摂社
厄神社-祭神:?坂皇子、忍熊皇子(両皇子とも誉田別尊の異母兄で、神功皇后・誉田別尊母子に対し反乱を起こす)
九頭龍神社-祭神:木花咲屋比売神

○祭事・年中行事
10月第3週の金土曜日に、だんじり祭が開催される。

○文化財
昭和55年(1980年)12月18日、本殿及び棟札2枚が、国の重要文化財(建造物)に指定された。

○例祭
10月25日

所在地:兵庫県宝塚市中筋二丁目6番3号

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2020年02月03日

確定申告終了しました。

確定申告終了しました。また撮影に行っていろいろ投稿していきたいと思います。イベントネタを書かなくなったので、結構更新頻度が下がりますが少しづつ投稿していきたいと思います。




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2020年01月01日

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。



ラベル:日記
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2019年12月29日

今年も1年ありがとうございました。

今年も1年ありがとうございました。



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2019年11月30日

鉄斎美術館

鉄斎美術館は、兵庫県宝塚市の清荒神清澄寺境内にある美術館。1975年4月に開館。第三十七世法主・坂本光浄が収集した、清荒神清澄寺所蔵の南画家・富岡鉄斎のコレクションを、広く公開展示することを目的に開設された個人美術館である。
○沿革光浄と鉄斎
坂本光浄は同寺の興隆に尽くした人物だったが、これと同じくらい懸命に取り組んだのは、鉄斎の作品集集だった。光浄が入山した当時、宝塚はようやく宝塚歌劇団が出来たくらいで、光浄はこの地に宗教と文化の花を咲かせたいと願っていた。そんな折、信徒総代で鉄斎と親交のあった西宮の酒造家・辰馬悦叟から、「世の中の流行に動かされず、常に無欲である人格者鉄斎の作品を集めること」を勧められる。そして、辰馬から贈られた「山水図」がコレクション第一号となる。光浄は修行の傍ら、鉄斎の研究と作品収集に努め、大正11年(1923年)ツテを辿って京都の鉄斎を訪ねた。直接鉄斎にあった光浄は、更に鉄斎の人格と芸術に惚れ込んでいった。やがては鉄斎を清澄寺に招くため、客殿「百錬堂」を建て、同時に茶室「春光庵」も設けられた。百錬は鉄斎後年の号に因み、春光は鉄斎の妻・はる(春子)と、自身の名から取った名付けである。鉄斎は既に高齢だったため、清澄寺来訪は叶わなかったが、代わりに最晩年の作品12点が贈られ、光浄が書の手本を乞うと、鉄斎は『前赤壁賦書』三冊本を届けた。この『前赤壁賦書』は、鉄斎が三日三晩で書き上げ、装丁も鉄斎自身の手による。鉄斎は亡くなる三日前、光浄へ感謝の手紙を書いており、感激した光浄は鉄斎顕彰を新たに決意する。光浄はその後、鉄斎芸術の公開と振興のため、世界各地で巡回展を行い、フランスのギメ美術館やバチカン美術館、アメリカのボストン美術館、カーネギー研究所、モスクワ東洋文化博物館、東京国立博物館、東京国立近代美術館などに作品を寄贈、その総数は65点になる。これで鉄斎の芸術を世界に広く発信することは出来たが、未だ鉄斎芸術の本質を伝えることは出来ていないと感じ、昭和41年(1966年)研究委員会を発足、翌年には鉄斎研究所を設立、研究誌『鉄斎研究』を発行を目指す。この第1号が出る直前、光浄は95歳で遷化したが、この企画は次代にも引き継がれた(後述)。その間の昭和50年に鉄斎美術館は開館。更に平成11年(1999年)美術館に併設された新収蔵庫が完成し、現在に至っている。
○研究誌『鉄斎研究』
『鉄斎研究』は富岡鉄斎の作品に付された賛文の読解・研究を目的とした研究誌。昭和44年(1969年)から平成8年(1996年)まで、途中休刊を挟みながら第71号まで刊行され、鉄斎を研究する上で欠かすことの出来ない資料である。鉄斎が「自分の画を見るなら先ず賛を読んで欲しい」と語っていたことはよく知られているが、その賛文を読みこなすのは極めて難事である。鉄斎の書体は癖が強く、年とともに変化し、古字・篆字・隷字・奇字・俗字などを自由に織り交ぜる上に、脱字が散見される。そのため必ず原典を確認しなければいけないが、その原典も稀覯本が多く入手が困難な上、入手できても今度はそれを正しく読みこなすのも難しい。それでも碩学や関係者の協力を得て、該博な知識を持つ鉄斎の讃文の元となる典籍を丹念に調べ上げ、掲載された作品数は1900点になる。その中には若干の贋作が含まれるものの、それも研究という視点からすれば十分参考になるであろう。
○所蔵品
鉄斎美術館は「聖光殿」の名ももち、前庭の左右には鉄斎とはるの出生地などの名石が配されている。収蔵する鉄斎作品はおおよそで、絵画580点、書90点、清水六兵衛が作陶した陶器や木製・竹製の器物に鉄斎が絵付けたした器玩が100点、粉本350点、書簡が約50点、筆録300点、愛蔵本300点、愛蔵品100点、に及ぶ。現在は、鉄斎の周辺資料の収集にも力を入れているという。他にも、同じ鉄斎愛好家という間柄から、陶芸家・荒川豊蔵とも交流し、豊蔵の半世紀に亘る作陶の歩みが概観できる270点余の作品を蒐集、平成5年(1993年)には豊蔵の地元にある岐阜市歴史博物館に20点の作品を寄贈している。また、地元兵庫の書家で、やはり鉄斎の書に私淑していた森田子龍の書も、「鉄斎美術館」門標、「聖光殿」扁額など35点所蔵している。 年に4,5回の特別展を開催。入館料は、宝塚市立中央図書館内に設けられた「聖光文庫」の美術図書購入基金として、全額宝塚市に寄付されている。
○建築概要
竣工年― 1975年
延床面積― 896m2
所在地― 〒665-0831兵庫県宝塚市米谷字清シ1清荒神清澄寺山
○交通
阪急宝塚線清荒神駅 徒歩18分
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posted by かずぼん at 14:29| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月04日

樹齢200年のクスノキ

樹齢約200年のクスノキが民家の塀から道にせり出して生えている。この木は一見すると塀の外から生えてきたように見えるが、実は根が家の地下までおよんでいる。背の高いトラックが枝に当るたびに振動が伝わり、家が大きく揺れるそうである。土塀を大きくしのぎそびえ立つ楠の姿は迫力があり、いつまでも残りそうな勢いを感じさせる。歴史を感じさせる家屋と一体となって、ユニークな景観を形成している。幹には紙垂がまかれ,人々に大切にまつられているようである。

所在地:大阪府大阪市福島区海老江3丁目4番20号

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posted by かずぼん at 16:13| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

道引地蔵尊

明治24年(1891年)に建立。4畳半ほどのお堂に、お地蔵さんが佇んでおり、地域の人々の信仰を集めている。ビルに挟まれた地蔵堂で、その界隈の地域性がかいま見られる地域資源である。堂自体は老朽化しているが、地域の人々の信仰と親しみのある場所であり、地域の力で維持管理している点が評価できる。古い小さな粗末な外観の建物ではあるが、今後も永く守るべき地域の心の資源である。

所在地:大阪府大阪市北区豊崎1丁目2番7号

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出世地蔵尊

戦災による焦土の中から発見され、「地中から世に出た」事から「出世地蔵尊」と名付けられた。繁華街の中にあり、地元の商売人や出世を願う人たちが参拝している。

所在地:大阪府大阪市中央区道頓堀2丁目(神戎橋南詰)

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門兆鴻邸

シュエケ邸と隣り合わせに建っていて設計者(A.N.ハンセル)も同一人物である。少し赤みがかった濃い茶色の縁取りに、ごく薄いピンク色の下見板張りの外壁がよく似合う。急勾配の屋根とハーフティンバーに似せた破風部の装飾が特徴の建物。現在も住宅として使用されている非公開建物である。
建築年:明治28(1895)年
所在地:兵庫県神戸市中央区山本通3-5

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神戸北野ハンター迎賓館

130年を超える歴史が築き上げた木の温もりや様式の美しさを今に伝えるハンター迎賓館。数ある北野の異人館の中でも、400坪の広大な敷地面積を誇るのはここだけです。明治・大正の薫りが漂う由緒正しい邸宅である。今現在は結婚式場として利用されている。

所在地:〒650-0002神戸市中央区北野町2丁目13-1

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神戸華僑総会会館

正式には中華民国留日華僑総会会館(旧ゲンセン邸)
1909年 明治42年竣工
A N ハンセン 設計
非公開の異人館です。

住所〒650-0011
兵庫県神戸市中央区下山手通2丁目12-11

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薩摩堀川跡碑

阿波堀川と百間堀川を結ぶために寛永5年(1628年)薩摩屋仁兵衛が開削を始め、2年後の寛永7年に完成させた。この堀川は当初「阿波座新堀」と呼ばれていたが、開削者の名からと、薩摩藩下屋敷に物資の運搬がされていたので、「薩摩堀川」となった。

所在地:大阪府大阪市西区立売堀4-2(薩摩堀公園)

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2019年11月02日

神戸ミカエル教会

明治9(1876)年に鯉川筋に誕生した伝道所を前身に、消失と移転を繰り返しながら昭和34(1959)年に現在の場所へ。建物の周囲には愛らしい天使像も。

電話番号:078-351-3463
所在地:兵庫県神戸市中央区下山手通5丁目11-1

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posted by かずぼん at 10:44| 建築物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神戸ハリストス正教会

正教会とはキリストから2000年間連綿と受け継がれてきた歴史と伝統に誇りを持っている教会派で、ギリシア正教とかロシア正教といった風に各国で一つの教会組織を置くことを原則としています。西欧側からは東方教会とも言われますが、本来的な言い方としては正統を意味する「オーソドックス」が使われます。ハリストスは、ヘブライ語の「メシア」のギリシア語訳から来たもので、「キリスト」を意味します。神戸でのオーソドックスの歴史は古く、1873年にイオアン小野壮五伝教者が正教を布教したことに始まります。第二次世界大戦後、コスモポリタンチョコレートで有名なV・モロゾフの尽力で、ここに生神女就寝聖堂(ウスペンスキー教会)が建立され、それが1968年に神戸ハリストス正教会となったものです。この教会は、なかなか公開されている時間が少ないのですが、礼拝のタイミングであれば見学できます。聖堂維持のための「ろうそく献金」をして、露出の多すぎない服装で礼節を守って内部を見せてもらいましょう。なお、聖堂内の撮影は禁止されています。

所在地:〒650-0003兵庫県神戸市中央区山本通1-4-11

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神戸バプテスト教会

バプテストとは、キリスト教のプロテスタント系の一派で、清教徒の分離派運動の中から、幼児洗礼を否定し「信仰は本人が自覚的に選び取るもの」として、全浸礼(バプテスマ)をする人たちです。現在はアメリカのプロテスタントとしては最も信者数の多い教派で、有名人としては、ノーベル平和賞を受賞した、マーチン・ルーサー・キング牧師がいます。神戸バプテスト教会は、1952年に建てられたもので、その後、光の丘幼稚園も併設されました。1995年の阪神・淡路大震災で、倒壊を免れた教会は、全国のボランティアの活動拠点となり、幼稚園舎は地域の人々の避難所として用いられました。神戸バプテスト教会の内部は、プロテスタントらしくシンプルで、過剰な装飾はありません。聖書主義を標榜するバプテストに相応しい雰囲気です。せっかくの機会ですので、神戸北野の散策の途中に、この教会の内部を見学し、長椅子に腰を下ろして、置かれてある聖書を開いてその一節をひも解いてみてください。

○所在地
〒650-0003兵庫県神戸市中央区山本通1-7-27

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みなと元町駅

みなと元町駅は、兵庫県神戸市中央区栄町通四丁目にある神戸市営地下鉄海岸線の駅である。駅番号はK03。 2つある駅入口のうち西側にある1番出入口は、1908年(明治41年)竣工の旧第一銀行神戸支店(辰野金吾設計)の外壁を利用している。夜間はライトアップされる。 第2回近畿の駅百選選定駅である。 元町エリアの東西方向ほぼ中心部にあることが駅名の由来だが、JR西日本・阪神電気鉄道(阪神)の元町駅は当駅から600mほど離れており、同駅へは旧居留地・大丸前駅からのほうが近い。
○歴史
2001年(平成13年)7月7日 - 神戸市営地下鉄海岸線の新長田駅 - 三宮・花時計前駅間の開通と同時に開業。
2011年(平成23年)4月 - この年度より2年間を期限として、駅名板下広告として「ワコーレ和田興産前」が掲出される(以後、2018年度まで掲出を更新)。
2019年(平成31年)3月31日 - 駅名板下広告の契約期間が終了。

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