2019年11月04日

門兆鴻邸

シュエケ邸と隣り合わせに建っていて設計者(A.N.ハンセル)も同一人物である。少し赤みがかった濃い茶色の縁取りに、ごく薄いピンク色の下見板張りの外壁がよく似合う。急勾配の屋根とハーフティンバーに似せた破風部の装飾が特徴の建物。現在も住宅として使用されている非公開建物である。
建築年:明治28(1895)年
所在地:兵庫県神戸市中央区山本通3-5

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神戸北野ハンター迎賓館

130年を超える歴史が築き上げた木の温もりや様式の美しさを今に伝えるハンター迎賓館。数ある北野の異人館の中でも、400坪の広大な敷地面積を誇るのはここだけです。明治・大正の薫りが漂う由緒正しい邸宅である。今現在は結婚式場として利用されている。

所在地:〒650-0002神戸市中央区北野町2丁目13-1

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神戸華僑総会会館

正式には中華民国留日華僑総会会館(旧ゲンセン邸)
1909年 明治42年竣工
A N ハンセン 設計
非公開の異人館です。

住所〒650-0011
兵庫県神戸市中央区下山手通2丁目12-11

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2019年11月02日

神戸ミカエル教会

明治9(1876)年に鯉川筋に誕生した伝道所を前身に、消失と移転を繰り返しながら昭和34(1959)年に現在の場所へ。建物の周囲には愛らしい天使像も。

電話番号:078-351-3463
所在地:兵庫県神戸市中央区下山手通5丁目11-1

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神戸ハリストス正教会

正教会とはキリストから2000年間連綿と受け継がれてきた歴史と伝統に誇りを持っている教会派で、ギリシア正教とかロシア正教といった風に各国で一つの教会組織を置くことを原則としています。西欧側からは東方教会とも言われますが、本来的な言い方としては正統を意味する「オーソドックス」が使われます。ハリストスは、ヘブライ語の「メシア」のギリシア語訳から来たもので、「キリスト」を意味します。神戸でのオーソドックスの歴史は古く、1873年にイオアン小野壮五伝教者が正教を布教したことに始まります。第二次世界大戦後、コスモポリタンチョコレートで有名なV・モロゾフの尽力で、ここに生神女就寝聖堂(ウスペンスキー教会)が建立され、それが1968年に神戸ハリストス正教会となったものです。この教会は、なかなか公開されている時間が少ないのですが、礼拝のタイミングであれば見学できます。聖堂維持のための「ろうそく献金」をして、露出の多すぎない服装で礼節を守って内部を見せてもらいましょう。なお、聖堂内の撮影は禁止されています。

所在地:〒650-0003兵庫県神戸市中央区山本通1-4-11

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神戸バプテスト教会

バプテストとは、キリスト教のプロテスタント系の一派で、清教徒の分離派運動の中から、幼児洗礼を否定し「信仰は本人が自覚的に選び取るもの」として、全浸礼(バプテスマ)をする人たちです。現在はアメリカのプロテスタントとしては最も信者数の多い教派で、有名人としては、ノーベル平和賞を受賞した、マーチン・ルーサー・キング牧師がいます。神戸バプテスト教会は、1952年に建てられたもので、その後、光の丘幼稚園も併設されました。1995年の阪神・淡路大震災で、倒壊を免れた教会は、全国のボランティアの活動拠点となり、幼稚園舎は地域の人々の避難所として用いられました。神戸バプテスト教会の内部は、プロテスタントらしくシンプルで、過剰な装飾はありません。聖書主義を標榜するバプテストに相応しい雰囲気です。せっかくの機会ですので、神戸北野の散策の途中に、この教会の内部を見学し、長椅子に腰を下ろして、置かれてある聖書を開いてその一節をひも解いてみてください。

○所在地
〒650-0003兵庫県神戸市中央区山本通1-7-27

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みなと元町駅

みなと元町駅は、兵庫県神戸市中央区栄町通四丁目にある神戸市営地下鉄海岸線の駅である。駅番号はK03。 2つある駅入口のうち西側にある1番出入口は、1908年(明治41年)竣工の旧第一銀行神戸支店(辰野金吾設計)の外壁を利用している。夜間はライトアップされる。 第2回近畿の駅百選選定駅である。 元町エリアの東西方向ほぼ中心部にあることが駅名の由来だが、JR西日本・阪神電気鉄道(阪神)の元町駅は当駅から600mほど離れており、同駅へは旧居留地・大丸前駅からのほうが近い。
○歴史
2001年(平成13年)7月7日 - 神戸市営地下鉄海岸線の新長田駅 - 三宮・花時計前駅間の開通と同時に開業。
2011年(平成23年)4月 - この年度より2年間を期限として、駅名板下広告として「ワコーレ和田興産前」が掲出される(以後、2018年度まで掲出を更新)。
2019年(平成31年)3月31日 - 駅名板下広告の契約期間が終了。

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神戸駅

神戸駅は、兵庫県神戸市中央区相生町三丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅である。駅番号はJR-A63。「JR神戸線」の愛称区間に含まれている。市内の主要駅の一つだが、神戸の繁華街の中心駅は三ノ宮駅・三宮駅である。

〇概要
駅舎は近代化遺産の指定を受け、貴賓室などの由緒ある施設が保存されている。また、第2回近畿の駅百選にも選出された。東海道本線の西側の終点および山陽本線の東側の起点であり、東海道本線を所属線としているが、線路自体は途切れることなく東西方向に繋がって直通運転が行われており、当駅を起終点とする列車はごく一部の普通列車に限られている。大阪駅(東海道本線所属)から当駅を介して姫路駅(山陽本線所属)に至る区間を「JR神戸線」の愛称で旅客向けに案内している。当駅から分岐する別の路線はない。ホームの南(浜側)には、両路線の起終点を示すキロポストがある。歴史的には東海道本線が元々から国有路線であったのに対し、山陽本線は民間の山陽鉄道によって作られ、後に国有化された。都市名を冠する主要な駅ではあるが、神戸市役所や商業地域の中心地に近いのは二つ東隣の三ノ宮駅、県庁は一つ東隣の元町駅が最寄駅であり、山陽新幹線の停車駅は北に離れた新神戸駅である。かつては、当駅の西側の新開地一帯が市内で最も繁華な地区であった。乗降客数は当駅よりも三ノ宮駅の方が多いので、特急列車は三ノ宮駅のみに停車し、当駅を通過するものが多い。ただし、かつて運転されていた寝台特急「彗星」は特急列車の中で唯一、三ノ宮駅を通過し当駅に停車していたが、2000年3月に「あかつき」との併結運転開始と同時に当駅から三ノ宮駅に停車駅が変更となった。その後、「彗星」は2005年9月30日で廃止され、それと引き換えに「はまかぜ」が当駅に一部停車するようになった(「はまかぜ」は三ノ宮駅にも停車する)。なお、1978年10月1日以前は新快速も当駅を通過していた。アーバンネットワークエリアおよびICOCA利用エリアに含まれている。また、長距離乗車券の特定都区市内制度における「神戸市内」の中心駅である。駅長が配置された直営駅であり、管理駅として神戸市内の山陽本線の所属駅である兵庫駅-舞子駅間の各駅および山陽本線支線(和田岬線)の和田岬駅を管轄している。

〇接続路線
以下の駅との連絡が可能となっている。
神戸市営地下鉄-ハーバーランド駅
g阪神電気鉄道・阪急電鉄神戸高速線-高速神戸駅
321系・225系の車内ディスプレイでは、上記のうち地下鉄海岸線のみが連絡路線として表示されている。 また、三ノ宮駅・元町駅・新長田駅と同様、山陽新幹線新神戸駅(地下鉄山手線で連絡)との連絡扱いをしている。

〇歴史
1874年(明治7年)5月11日-官設鉄道の駅として開業。新橋駅 - 横浜駅間の鉄道開通に続く2番目の鉄道の大阪駅 - 当駅間の路線の終着駅で、開業時の駅舎はレンガ造りであった。
1889年(明治22年) 7月1日-東海道本線の原型となる新橋駅 - 当駅間が全線開通。2代目の駅舎になる。また、神戸鉄道局(後の大阪鉄道管理局)が置かれた。
9月1日 - 山陽鉄道が兵庫駅から延長され、当駅に乗り入れ。
1895年(明治28年)4月1日-線路名称制定。東海道線の所属となる。
1906年(明治39年)12月1日-山陽鉄道が国有化され、官設鉄道のみの駅になる。
1909年(明治42年)10月12日-線路名称制定。東海道線の本線部分が東海道本線となり、旧・山陽鉄道線は山陽本線となる。
1928年(昭和3年)12月1日-東海道本線貨物支線の湊川駅に貨物取り扱い業務を移管。当駅での貨物の取り扱いを廃止。湊川駅自体は神戸駅の敷地を客貨分離により分割したもの。
1930年(昭和5年)7月1日-駅高架化に先駆け、三代目の現在の駅舎に改築。近代的設備を備えたこの駅は、貴賓室などもそなえた豪華なものともなっていた。
1931年(昭和6年)10月10日-高架駅化。
1978年(昭和53年)10月2日-新快速の停車駅となる。
1980年(昭和55年)12月1日-行政区の合併により駅の所在地が生田区から中央区となる。
1985年(昭和60年)3月14日-湊川駅が廃止。跡地は再開発され、1992年9月に神戸ハーバーランドとなっている。
1987年(昭和62年)4月1日-国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
1988年(昭和63年)3月13日-路線愛称の制定により、東海道本線の大阪駅 - 当駅間および山陽本線の当駅 - 姫路駅間で「JR神戸線」の愛称を使用開始。
1995年(平成7年) 1月17日-阪神・淡路大震災により、営業休止。
1月30日-当駅-須磨駅間が営業再開。
2月20日-灘駅-当駅間が営業再開。
8月6日-自動改札機導入。
1997年(平成9年)2月16日-JR神戸線標準接近メロディ「さざなみ」導入。
2000年(平成12年)9月12日-電光掲示板導入。
2002年(平成14年)7月29日-JR京都・神戸線運行管理システム導入。
2003年(平成15年) 9月18日-バリアフリー化工事が完成。エレベーターの使用を開始。
11月1日-ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。
2007年(平成19年)3月18日-駅自動放送を更新。
2013年(平成25年)5月2日-自動改札機をJR西日本テクシア製、AG50型に交換。
2018年(平成30年)3月17日-駅ナンバリングが導入され、使用を開始する。

〇所在地
神戸市中央区相生町三丁目1-1


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2019年09月29日

高碕記念館

大正12(1923)年に医学博士諏訪塋一の住居としてヴォーリオズが建築。後に東洋製罐を興した高碕達之助が住み、現在は記念館として庭園を一般公開している。木造3階建て腰折れ屋根のコロニアル様式が特徴。
入館料:無料
開館時間:水〜金曜の10:00〜16:00、月・火・土・日曜は休(開館の場合あり、要問い合わせ)
電話:072-740-3300(東洋食品研究所総務部)※館内の見学は要予約
住所:兵庫県宝塚市雲雀丘1丁目7-58

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旧安田邸

この安田邸は、アメリカの有名な建築家ウィリアム・メレル・ヴォ―リスの設計だそうです。花屋敷駅のすぐ横にあるお屋敷、旧安田邸です。1921年(大正10年)製。もと所有者の安田辰治郎さんが海外から帰国後、その印象をもとに 設計されたそうです。とてもモダンな建物。現在は宝塚市所有なのだそうですが、使われていないので痛んでいくのが早そうです。

住所:兵庫県宝塚市雲雀ケ丘1丁目2-26

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ギャラリーRERUN

阪急山本駅から東へ進む線路沿いにある建物。大正時代から昭和初期まで神戸銀行として使われていた建物をリノベーションし現在陶芸ギャラリー&陶芸工房として使われている。

住所:〒665-0883兵庫県宝塚市山本中1-10-21

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2019年04月15日

相楽園旧ハッサム住宅内部公開2019

相楽園の敷地内にあり、重要文化財に指定されている旧ハッサム住宅の内部が一般公開されます。日本庭園では、ツツジが例年4月下旬から5月上旬にかけて、サツキが5月下旬に見頃を迎えます。
所在地:〒650-0004兵庫県神戸市中央区中山手通5-3-1
開催期間:2019年4月20日〜5月6日9:00〜16:30※期間中無休
交通アクセス:地下鉄山手線「県庁前駅」から北へ徒歩5分、またはJR神戸線「元町駅」から北西へ徒歩10分、または阪神「元町駅」から北西へ徒歩10分、またはJR神戸線「三ノ宮駅」から市バス「諏訪山公園下」〜南へ徒歩10分
主催:神戸市教育委員会文化財課
料金:入園料が必要/大人(15才以上)300円、小人(中小生)150円
問合せ先:神戸市立相楽園078-351-5155(代表)



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2019年04月14日

又一ビル(旧大谷仏教会館)

1933年(昭和8年)に竹内緑氏(竹内建築事務所)の設計で建設された大谷仏教会館(地上3階建て・RC造)の建て替えに際し、エントランス部分を復元し御堂筋に面する西側には外壁一部を切り取って保存することを試みた。凝った装飾の施された保存部分が、ガラス面で覆われた近代的な新ビルのアクセントとして活かされている。旧大谷仏教会館の外壁の一部を正面ファサードにとりこんだビル。アパレル系商社のエムファースト(又一洋行と伊藤衣料が2009年に合併)の本社ビルとして使用されている。 その保存方法が高く評価され第6回大阪都市景観建築賞奨励賞を受賞した。旧大谷仏教会館は昭和8年に南御堂難波別院が建設。美しい模様が刻まれたテラコッタの外壁が特徴的だった


建築データ
所在地・住所:大阪市中央区久太郎町3-5-13
設計・施工:竹中工務店
竣工:1985年5月
敷地面積:693.67u
建築面積:614.51u
延床面積:6,940.06u
規模:地下2階 地上11階
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造



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信濃橋

信濃橋は、西横堀川に架けられていた橋の一つである。西横堀川は、永瀬七郎右衛門によって開削されたと伝えられ、土佐堀川から道頓堀川にかけて大阪の中心部を南北に貫流する川で、その沿岸には種々の商家、なかでも材木商と瀬戸物商が軒をつらねていた。信濃橋は、古くは富田町橋(とみたまちばし)その後は問橋(といばし)と呼ばれ、元禄年間(1688〜1704)の記録に信濃の名がみられる(橋長13間1尺 約25.9m、幅員2間 約3.9m)。大正2年の市電の開通に伴い、三径間の単純鋼鈑桁の鉄橋に架け替えられた(橋長23.0m、幅員22.0m)。その後、阪神高速道路の建設が進められるなか、昭和39年から同46年にかけて西横堀川が埋め立てられ信濃橋はその姿を消した。

住所:大阪市中央区本町4丁目〜西区靭本町1丁目
アクセス:OsakaMetro四つ橋線本町駅28番出口およそ50m徒歩1分

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2019年01月05日

聖アグネス教会

聖アグネス教会は、日本の京都府京都市上京区にある、日本聖公会の教会。平安女学院京都キャンパスの敷地内に所在する聖堂は、日本聖公会京都教区の中心となる主教座聖堂(大聖堂、カテドラル)であるとともに、地域の教会(パリッシュ・チャーチ)、平安女学院の礼拝堂(チャペル)という3つの役割を兼ね備える。 名称は平安女学院(英語名称:St. Agnes' School)の守護聖人で、ローマ皇帝ディオクレティアヌス統治の時代にローマで殉教した聖アグネスにちなむ。1898年(明治31年)に竣工したレンガ造り・ゴシック様式の建物は、ジェームズ・ガーディナーによる設計で、京都市指定有形文化財。

○歴史
京都地域では、1889年以来米国聖公会出身の宣教師(ジョン・マキムら)により聖公会(日本聖公会)の積極的な布教活動が行われた。1895年には、大阪市川口居留地にあったSt. Agnes' School (照暗女学校)が京都に移転し、「平安女学院」として開校した。1898年、日本聖公会京都地方部(現在の京都教区)の大聖堂としてこの聖堂は竣工した。献堂時に名付けられた名称は「聖三一大聖堂」であった。京都聖三一教会に属する聖堂であり、また平安女学院の礼拝堂として使用された。 なお竣工直後の平安女学院の学院日誌には、「塔の紋が菊と紛らわしいので取り替えるよう警察から指示をうけた」という内容の記述が残っている。1923年に平安女学院生徒・教職員による教会組織として「聖アグネス教会」が組織された。その後しばらく、京都聖三一教会の会衆と聖アグネス教会の会衆がこの聖堂をともに用いることとなった。1930年、京都聖三一教会が中京区聚楽廻中町に新たに聖堂を建設して移転したことにより、この聖堂は聖アグネス教会が受け継いだ[1](これにより、この聖堂は「聖アグネス教会聖堂」の名で呼ばれている)。 第二次世界大戦中には軍需資材の置場として使用されたこともあるが、礼拝は続けられた。

○年表
1886年10月、ジョン・マキム主教によって定礎式が行われる。
1898年5月、聖三一大聖堂として完成
1923年、聖アグネス教会が組織される
1931年、烏丸通に面して設置されていた路傍説教壇と塔のふちの凹凸部を撤去、また祭壇中央のステンドグラスを南側へ移動。
1985年6月1日、京都市指定有形文化財に指定される。

○建築
聖堂は、東を烏丸通に、北を下立売通に面した、ゴシック様式・レンガ造りの聖堂である。設計にあたったのは、建築家ジェームズ・ガーディナー(立教学校の初代校長を務めた)である。東西に長い敷地に建つ聖堂は左右非対称で、袖廊は小さい。出入口は北西角(下立売通側)にある。全体にずんぐりした形であるが、これは地震に配慮したものという。北東角(烏丸下立売角)にある三層の鐘楼が特徴的な外観で、最下層に縦長窓、中層にバラ窓、最上層にトレサリー窓(英語版)を配し分け、単調さを避けている。内部は三廊式バシリカ様式で、一般的な大聖堂と同様、東端(烏丸通側)に祭壇を設けている。南東角には礼拝準備室(ベストリー)、南西角には八角形に張り出した洗礼室(バプティストリー)がある。内部は小屋組のハンマービーム(英語版)(壁面上端から跳ね出された梁の上にアーチを架ける構造)など材木を見せるデザインであり、明治期の教会建築の特徴を備えている。西バラ窓をはじめ30点以上のステンドグラス(ジェームズ・ガーディナーがデザインし、日本人によって製作されたもの)があり、その大部分は竣工当時のものが残っている。

○所在地
京都市上京区烏丸通下立売角堀松町
平安女学院京都キャンパス(平安女学院大学、平安女学院中学校・高等学校が所在)敷地内に位置する。平安女学院京都キャンパスは足利義昭の旧二条城の跡地であり、敷地の片隅に「旧二條城跡」と彫られた石碑が立っている。




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道頓堀川水門

道頓堀川と木津川の合流点に設けられた、メタリックな水門。とんぼりウォーク等、水都大阪復活をめざした河川整備の一環として、水質浄化や水位の一定化などの目的により2001年3月に建設された。道頓堀川水門と東横堀川水門との開閉操作によって、東横堀川と道頓堀川の水質の浄化をしています。これは、道頓堀川水辺整備事業の一環で、上げ潮と下げ潮の潮位を利用して、道頓堀川への水の出入りを調節して、寝屋川の汚れた水は大川に流して、道頓堀川を浄化しようとするものです。 水門は左岸側と右岸側の2門になっていて、左岸側の下流のラジアルゲート型水門と、上流川のマイタ−ゲート型水門の操作で、船を航行させる閘門の機能を持っている。右岸側は、スルースゲート水門になっています。道頓堀川水門に最も近づけるのは、上流側では日吉橋、下流側は、木津川にかかる大正橋の西詰です。ゲートの上に水門似つかわしくないような、すっきりとした管理棟を付けて、街中に溶け込むデザインになっています。ゲートの幅は、右岸側・左岸側ともに10m位のもので、コンパクトな設計の水門です。なにわ探検クルーズの川の環状線コースに乗船すると、この、道頓堀川水門と、東横堀川水門の両方を間近に見ることができる。

所在地:大阪府大阪市西区南堀江4、浪速区幸町3




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島谷家住宅

本田4丁目には戦災を逃れた長屋の街並みが残っている。その一角にある長屋住宅では、1階に格子の玄関や出格子の窓が見られ、1階屋根と2階屋根の間にうだつが上がっている。
※うだつ…日本家屋の屋根に取り付けられる防火壁、装飾。


所在地:大阪府大阪市西区本田4丁目9番3号




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旧黒田藩蔵屋敷長屋門

この長屋門は、江戸時代中期の蔵屋敷の遺構をもつ数少ないものの一つである。現在の中之島三井ビル付近にあったもので、昭和8年、同ビル建設に際し大阪市に寄贈された。

所在地:大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1天王寺公園内大阪府有形文化財
地下鉄御堂筋線・JR「天王寺」下車北西約300m



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2019年01月03日

新島旧邸

新島旧邸は、京都市上京区にある、同志社創立者 新島襄の旧邸。外観に洋風を取り入れた和洋折衷の住宅で、1878年に竣工した。学校法人同志社が所有・管理している。京都市指定有形文化財。京都御苑の東南、寺町通丸太町に位置するこの邸宅の敷地は、1875年に同志社英学校が開校した土地であり、「同志社発祥の地」とされている。

○歴史
敷地は、1875年11月29日に同志社英学校が開校した際に仮校舎として借り受けた、高松保実の邸宅跡である。同志社英学校は翌1876年に、山本覚馬が所有していた旧薩摩藩邸跡地(現在の同志社大学今出川キャンパス)に移転。この間の1876年1月3日に新島襄は八重夫人(山本覚馬の妹)と結婚している。この時期、新島は借家住まいをしていたが、友人J.M.シアーズから礼拝堂と自宅建設のための寄付を受けた。新島は英学校を置いた土地を高松から買い取って自宅を建設し、1878年9月7日に竣工した。この家屋は、新島夫妻の私邸であるとともに、応接室が教室や礼拝堂として使われたり、書斎を同志社の学生に開放し書籍を貸し出したりと、さまざまに使われた。1890年に新島襄が死去したのち、八重夫人は1907年に同志社に寄付。この家で1932年に没するまで生活した。1985年、調度・家具類を含め、京都市指定有形文化財に指定。1990年に全面解体修理が行われた。

○建築
和洋折衷式の母屋と、付属屋からなる。現在は新島会館(同志社校友会の会館)が建つ隣接地は、もともと新島邸の庭で、家庭菜園などが設けてあった。

○母屋
設計者・施工者ともに不明であるが、同志社の教員で医師・宣教師でもあったW. テイラーの助言を得ながら、新島襄自身が設計したとも伝えられている。洋風住宅としては京都に現存する木造最古のものである。 建物は木造2階建て。外観にはコロニアルスタイルを取り入れており、三方にべランダをめぐらせ、窓には鎧戸をつけている。一方で造りの基本は和風寄棟住宅であり、壁は柱を露出される真壁造り、間取りは田の字型という、日本的な構造を採用している。欄間や箱階段が作られているなど、日本的要素も取り入れられている。 冬に備えて暖炉をしつらえ、当時としては画期的なセントラルヒーティングを取り入れたほか、夏を快適に過ごすために床を高くして風通しを良くする工夫をし、また庇を深くしている。建築当初は、全室が板張り(フローリング)で作られた。大正期はじめ、八重は1階の洋間を和室(茶室「寂中庵」)に改修している。 木製の腰掛式トイレを設けており、日本における初期の洋式トイレである。

○付属屋
付属屋は、新島襄が両親(新島民治・とみ)の隠居所として建てた、平屋の日本建築である。安中藩江戸屋敷にあった住居にならって建てたものと伝えられる。

○交通アクセス
交通手段としては以下の通り。
京阪電気鉄道鴨東線 神宮丸太町駅下車 徒歩約10分 
京都市営地下鉄烏丸線 丸太町駅下車 徒歩約15分
京都市営バス 「河原町丸太町」下車 徒歩約5分

○見学
通常公開時には、旧邸周囲から外観のみの見学が可能である。同志社の行事(卒業式、オープンキャンバス、ホームカミングデー等)や京都御所の一般公開に合わせて特別公開(母屋1階と附属屋への入場が可能)も行われる。団体(10名以上)の見学には事前申し込みが必要。

○備考
群馬県安中市にも新島襄旧宅(新島旧邸)と呼ばれる建物がある。廃藩置県により江戸屋敷から安中に引き揚げた新島の父母の住居で、1874年に米国留学から帰国した新島が滞在した。1963年に安中市が現在地(安中市安中一丁目)に移築し、1964年より資料館として公開している。

○所在地
京都府京都市上京区寺町通丸太町上ル松陰町18



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カトリック西陣聖ヨゼフ教会

カトリック西陣聖ヨゼフ教会は、京都市上京区にあるカトリックの教会。

○沿革
1890年パリ外国宣教会によって河原町聖フランシスコ・ザビエル教会が建てられる。
1907年頃二条新町に西陣教会創立。京都で第2番目のカトリック聖堂だった。   
1909年黒門中立売へ移転する。
1917年教会一時閉鎖。(〜1930年頃)
1930年新町一条上るへ移転、その後大宮笹屋町に移転する。
1935年大宮中立売へ移転。
1937年京都知牧区、大阪教区より分離。 メリノール会宣教師が着任。
1939年現在地(新町一条上る)へ移転。
1941年戦争のため、教会閉鎖。(〜1946年)
1946年衣笠教会、小山教会が西陣教会より独立。
1949年現在の聖堂が建つ。聖堂献堂式(8月15日)。
1951年京都知牧区、京都司教区となる。初代京都司教、古屋司教。

○所在地
〒602-0934京都市上京区新町通一条上ル一条殿町502-1
地下鉄烏丸線今出川駅徒歩10分
市バス「上京区総合庁舎」(51・59・201・203系統下車、南へ徒歩5分)、「一条戻橋・晴明神社前」(9・12・67系統下車、東へ徒歩5分)




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